お兄さんは疲れました。
2001年9月17日9月7日は妹の誕生日だ。
そのときは、文化祭準備で忙しくて何もあげられてなかったので、
今日はいっしょにお店を回りつつ、誕生日プレゼントを買ってやった。
ちょうど僕は5時間授業の日で、
妹も明日から始まる修学旅行の前日ということで、4時間授業だったので、
授業の後に、僕の高校の最寄駅で待ち合わせ。
時間も無いし、遠くまで行くのはめんどくさいということで、
その駅近くのデパートを適当に回って済ませることに。
妹と二人でお買い物するのは初めてだ。
なんかちょっとうれしい。
っていっても、別にいつも同様おバカな会話を展開するだけだけど。
しばらくいろんなお店を回る。
思ったこと。
しかし、女の買い物はなげぇ!!
僕も最初は、妹と一緒に歩きつつ、
ばかっぽい商品に突っ込みいれたり、
ぬいぐるみなどの手触りを楽しんだり、
妹をからかったりしながら、適当に楽しんでた。
けど、そんなの1時間で飽きる。
足は疲れるし、そろそろ突っ込みがいもなくなってくるしで、
妹への対応もおろそかになってくる。
でも妹は平気で、買い物を楽しんでいる。
商品を手にとるペースと、それに対する反応は常に変化しない。
うーん、見事だ。
あんな単調なことをよくまぁ、飽きずに続けられるものだ。
その辺はすっかり女の子なのだなぁ、妹も。
そんなことをしみじみ感じた。
たまに、妹と外に出かけると、今まで知らなかった妹に気づかされて
なかなか面白い。
割とさめたキャラだと思ってたら、
いろんなキャラクター商品に対して、それなりに女の子らしい反応をとったり、
何気に『おサルのジョージ』が好きだったり、
いつもはバカにする兄とも、外だとそれなりに親しげに接してくれたり、
実はビタミン剤を服用していたり…。
そんないろんな部分。
よかった。
なにしろ僕の妹だから、
はたして普通の中学生として、みんなに溶け込めているのか、
本気で心配したこともあったが、
ぜんぜん大丈夫みたいだ。
もちろん、オリジナリティも保ちつつ、
それなりに年頃の女の子らしい、妹になっていた。
なんか安心。
帰ってから、そんなことをいろいろ考えた。
疲れたけど、けっこう楽しく、有意義な経験だったかも。
また、あそんでもらお。
そのときは、文化祭準備で忙しくて何もあげられてなかったので、
今日はいっしょにお店を回りつつ、誕生日プレゼントを買ってやった。
ちょうど僕は5時間授業の日で、
妹も明日から始まる修学旅行の前日ということで、4時間授業だったので、
授業の後に、僕の高校の最寄駅で待ち合わせ。
時間も無いし、遠くまで行くのはめんどくさいということで、
その駅近くのデパートを適当に回って済ませることに。
妹と二人でお買い物するのは初めてだ。
なんかちょっとうれしい。
っていっても、別にいつも同様おバカな会話を展開するだけだけど。
しばらくいろんなお店を回る。
思ったこと。
しかし、女の買い物はなげぇ!!
僕も最初は、妹と一緒に歩きつつ、
ばかっぽい商品に突っ込みいれたり、
ぬいぐるみなどの手触りを楽しんだり、
妹をからかったりしながら、適当に楽しんでた。
けど、そんなの1時間で飽きる。
足は疲れるし、そろそろ突っ込みがいもなくなってくるしで、
妹への対応もおろそかになってくる。
でも妹は平気で、買い物を楽しんでいる。
商品を手にとるペースと、それに対する反応は常に変化しない。
うーん、見事だ。
あんな単調なことをよくまぁ、飽きずに続けられるものだ。
その辺はすっかり女の子なのだなぁ、妹も。
そんなことをしみじみ感じた。
たまに、妹と外に出かけると、今まで知らなかった妹に気づかされて
なかなか面白い。
割とさめたキャラだと思ってたら、
いろんなキャラクター商品に対して、それなりに女の子らしい反応をとったり、
何気に『おサルのジョージ』が好きだったり、
いつもはバカにする兄とも、外だとそれなりに親しげに接してくれたり、
実はビタミン剤を服用していたり…。
そんないろんな部分。
よかった。
なにしろ僕の妹だから、
はたして普通の中学生として、みんなに溶け込めているのか、
本気で心配したこともあったが、
ぜんぜん大丈夫みたいだ。
もちろん、オリジナリティも保ちつつ、
それなりに年頃の女の子らしい、妹になっていた。
なんか安心。
帰ってから、そんなことをいろいろ考えた。
疲れたけど、けっこう楽しく、有意義な経験だったかも。
また、あそんでもらお。
父と文化祭
2001年9月16日今年の文化祭は、出来れば両親に来てほしくなかった。
今まで、僕は、小学校、中学校と、
両親に学校行事で自分の姿をみてもらうということに、
ほとんど抵抗を感じない子だった。
どっちかって言うと、そういうのを喜ぶというか、
積極的に来てもらいたがるような、そんな子だった。
でも、さすがに、もう高校生だし、
いちいち両親に自分の成長のあとを見届けられる、という状況にも、
嫌気が差してきた。
なんか、恥ずかしいし。
そんなわけで、今年は絶対両親を行事に来させない!!
そう、夏休みに決意したのだった。
けど、失敗…。
生来のいい子ちゃんである自分は、
両親の悲しげな視線に弱い。
特に今年は、文化祭前、和太鼓やトレ部の準備で
かなりがんばってそうな様子を、
家族の前で見せてしまったので、
それだけ両親も関心を示してしまって…。
そんな両親のしつこい要望にいちいちNOを突きつけることが、
めんどくさがりの僕には、耐えられなくなったのだ。
でも、ビデオをしつこく撮ったりするのはだめ!
という条件付での話であった。
そろそろ自分の姿を後々まで記録されることがつらくなってきた年頃の僕にとって、
そのラインさえ、最低限守ることが出来れば、
まぁ、とりあえずは、許せすことも出来たのである。
…なんて、やたら長ったらしい前置きになってしまったが、
何の事はない、要するに今年も、父親に文化祭でがんばる僕の姿を、
しっかりと記録されてしまったよちくしょう、というそんな話だ。
悪いのは、和太鼓同好会の友達だ。
文化祭の1日目の公演を終え、
さぁ、あとは明日の公演を残すのみとなった、そんな時。
『せっかくがんばったんだから、記録を残したいよね』
と、誰かが言った。
『誰かに、ビデオを撮ってもらおう。』
『でも先生に撮ってもらうのは悪いし…。』
『だれか、家にビデオカメラある人いないの?』
『私んちのは壊れてますぅ。』
そんな話になって、うっかり僕が、『うちにあるけど…』などと
口走ってしまったのがいけなかった。
当然のことながら、僕が、
明日の公演のビデオを撮ってもらうよう、父親に頼まなくてはならなくなる羽目に。
あれだけ、『文化祭中のビデオ撮影は禁止』と主張していた父親に対してだ。
よりにもよって、僕のほうから、
『やっぱりお願い』などと頭を下げなくてはならないとは…。
まったく…。
で、家に帰った。
…が、父、いまだ帰らず。
しょうがないから、その旨、置手紙をして、先に寝る。
翌朝。
6時ごろ目覚めて、1階に下りてみると、
父親が茶の間に、布団も出さずに、眠りこけてる。
『ちょっと、あんた!何やってんの!?』
ゆすって起こすと、
『え〜、だってさ、夜1時に帰ってきてから手紙読んで、ビデオを探して、充電して、説明書読み返してたら、気づいたら寝ちゃってたぁ。』
あ、やばっ。
父親の眠そうな声はさらに続く。
『本当はさ、今日はどうせビデオ撮っちゃいけないんだろうから、文化祭行ってもしょうがないしと思って、勤めてる中学校の地域の運動会に顔出すように言ってきちゃったからさ、先にそっちに行って、とんぼ返りで高校行くからぁ。』
『もっと前に行ってくれればさ、もうちょっと楽だったのに…。昨日は午前中だらだらしてたし…。』
げっ…。
おまえ、どうでもいいけど、その幼稚っぽいしゃべり方やめろよ、
と思わないでもなかったけど、
そんなこと言えた状況ではない。
…けっこう、罪悪感。
大変なことをしてしまったみたいだ。
ちょっとした僕たちのわがままから相当な苦労をかけてしまってる。
とりあえず、悪いと思いながらも、
あらためて、『お願い』して、
ビデオを撮る上での注意事項、公演の流れ、メンバー構成、
など簡単なことを手短に説明してから、
朝ご飯を作ってやり、
急いでたので、僕はすぐ家を出た。
果たして、あの男、間に合うんだろか?
結構本気で心配していたのだが、
公演が始まるころには、ちゃっかり、体育館前でビデオを構えてる。
間に合ったみたいだ。
無事、公演の記録を撮ってもらうことが出来た。
ビデオの出来自体は、
余計なナレーションが入ってたり、
視界が狭すぎたり、
カメラが安定して無かったりして、
そんなによくないけど。
普段、うちの父親は、ちゃらんぽらんに日々を送っているようにしか見えない。
生活態度もどうしようもないし、
人の言うこと聞かないし、
めんどくさがりだし、
どうでもいいことばかり言ってくるし。
これで本当に(田舎とはいえ)中学校の教頭先生かよ。
そう思ったことも、1回ではない。
だから、そんな父親の、日常とは少し違う一面を見て、ちょっと驚いた。
父ちゃんの、人生に対する『誠実さ』を感じたような気がする。
仕事上の簡単な約束もできるだけ守ろうとする。
家族に対する愛情も大切にする。
そして、可能であるなら、それらを両立したい。
べつに、普通のことだし、さして新鮮味を感じるような、『美徳』ではない。
けれど、身近に、それもいつもわりと馬鹿にしている父親から
そんなものを感じてしまったのが意外であった。
『誠実さ』。
どっちかって言うと、「能力」「冷静さ」のような、
そんな言葉に意識をとらわれることの多い最近。
普段、あまり使わない語彙だ。
そんな言葉が、ふっと父ちゃんをみていて、浮かんできた。
そんな体験は久しぶりだ。
ちょっとうれしかった。
それを引き起こしたのが父だというのは、少々屈辱的だが。
ま、なんにしても、父のことを、
「見直した」までは行かないにしても、
『結構立派なやつじゃん』と思ってしまったのは事実だ。
…まったく。
すべては和太鼓の奴らのせいだ。
今まで、僕は、小学校、中学校と、
両親に学校行事で自分の姿をみてもらうということに、
ほとんど抵抗を感じない子だった。
どっちかって言うと、そういうのを喜ぶというか、
積極的に来てもらいたがるような、そんな子だった。
でも、さすがに、もう高校生だし、
いちいち両親に自分の成長のあとを見届けられる、という状況にも、
嫌気が差してきた。
なんか、恥ずかしいし。
そんなわけで、今年は絶対両親を行事に来させない!!
そう、夏休みに決意したのだった。
けど、失敗…。
生来のいい子ちゃんである自分は、
両親の悲しげな視線に弱い。
特に今年は、文化祭前、和太鼓やトレ部の準備で
かなりがんばってそうな様子を、
家族の前で見せてしまったので、
それだけ両親も関心を示してしまって…。
そんな両親のしつこい要望にいちいちNOを突きつけることが、
めんどくさがりの僕には、耐えられなくなったのだ。
でも、ビデオをしつこく撮ったりするのはだめ!
という条件付での話であった。
そろそろ自分の姿を後々まで記録されることがつらくなってきた年頃の僕にとって、
そのラインさえ、最低限守ることが出来れば、
まぁ、とりあえずは、許せすことも出来たのである。
…なんて、やたら長ったらしい前置きになってしまったが、
何の事はない、要するに今年も、父親に文化祭でがんばる僕の姿を、
しっかりと記録されてしまったよちくしょう、というそんな話だ。
悪いのは、和太鼓同好会の友達だ。
文化祭の1日目の公演を終え、
さぁ、あとは明日の公演を残すのみとなった、そんな時。
『せっかくがんばったんだから、記録を残したいよね』
と、誰かが言った。
『誰かに、ビデオを撮ってもらおう。』
『でも先生に撮ってもらうのは悪いし…。』
『だれか、家にビデオカメラある人いないの?』
『私んちのは壊れてますぅ。』
そんな話になって、うっかり僕が、『うちにあるけど…』などと
口走ってしまったのがいけなかった。
当然のことながら、僕が、
明日の公演のビデオを撮ってもらうよう、父親に頼まなくてはならなくなる羽目に。
あれだけ、『文化祭中のビデオ撮影は禁止』と主張していた父親に対してだ。
よりにもよって、僕のほうから、
『やっぱりお願い』などと頭を下げなくてはならないとは…。
まったく…。
で、家に帰った。
…が、父、いまだ帰らず。
しょうがないから、その旨、置手紙をして、先に寝る。
翌朝。
6時ごろ目覚めて、1階に下りてみると、
父親が茶の間に、布団も出さずに、眠りこけてる。
『ちょっと、あんた!何やってんの!?』
ゆすって起こすと、
『え〜、だってさ、夜1時に帰ってきてから手紙読んで、ビデオを探して、充電して、説明書読み返してたら、気づいたら寝ちゃってたぁ。』
あ、やばっ。
父親の眠そうな声はさらに続く。
『本当はさ、今日はどうせビデオ撮っちゃいけないんだろうから、文化祭行ってもしょうがないしと思って、勤めてる中学校の地域の運動会に顔出すように言ってきちゃったからさ、先にそっちに行って、とんぼ返りで高校行くからぁ。』
『もっと前に行ってくれればさ、もうちょっと楽だったのに…。昨日は午前中だらだらしてたし…。』
げっ…。
おまえ、どうでもいいけど、その幼稚っぽいしゃべり方やめろよ、
と思わないでもなかったけど、
そんなこと言えた状況ではない。
…けっこう、罪悪感。
大変なことをしてしまったみたいだ。
ちょっとした僕たちのわがままから相当な苦労をかけてしまってる。
とりあえず、悪いと思いながらも、
あらためて、『お願い』して、
ビデオを撮る上での注意事項、公演の流れ、メンバー構成、
など簡単なことを手短に説明してから、
朝ご飯を作ってやり、
急いでたので、僕はすぐ家を出た。
果たして、あの男、間に合うんだろか?
結構本気で心配していたのだが、
公演が始まるころには、ちゃっかり、体育館前でビデオを構えてる。
間に合ったみたいだ。
無事、公演の記録を撮ってもらうことが出来た。
ビデオの出来自体は、
余計なナレーションが入ってたり、
視界が狭すぎたり、
カメラが安定して無かったりして、
そんなによくないけど。
普段、うちの父親は、ちゃらんぽらんに日々を送っているようにしか見えない。
生活態度もどうしようもないし、
人の言うこと聞かないし、
めんどくさがりだし、
どうでもいいことばかり言ってくるし。
これで本当に(田舎とはいえ)中学校の教頭先生かよ。
そう思ったことも、1回ではない。
だから、そんな父親の、日常とは少し違う一面を見て、ちょっと驚いた。
父ちゃんの、人生に対する『誠実さ』を感じたような気がする。
仕事上の簡単な約束もできるだけ守ろうとする。
家族に対する愛情も大切にする。
そして、可能であるなら、それらを両立したい。
べつに、普通のことだし、さして新鮮味を感じるような、『美徳』ではない。
けれど、身近に、それもいつもわりと馬鹿にしている父親から
そんなものを感じてしまったのが意外であった。
『誠実さ』。
どっちかって言うと、「能力」「冷静さ」のような、
そんな言葉に意識をとらわれることの多い最近。
普段、あまり使わない語彙だ。
そんな言葉が、ふっと父ちゃんをみていて、浮かんできた。
そんな体験は久しぶりだ。
ちょっとうれしかった。
それを引き起こしたのが父だというのは、少々屈辱的だが。
ま、なんにしても、父のことを、
「見直した」までは行かないにしても、
『結構立派なやつじゃん』と思ってしまったのは事実だ。
…まったく。
すべては和太鼓の奴らのせいだ。
ふっかつ!!
2001年9月14日久々の更新です。
新学期始まってからしばらくは文化祭準備でめちゃくちゃ忙しくて、
やっと終わった、さぁ、日記でも書こうかしらと思ったときには、
うちのパソコン壊れてるし。
昨日やっと生き返ってくれました。
我が家のパソコン。
でも今思い返すと、文化祭の前に壊れたりしなくてほんとに運がよかった。
壊れたのは、文化祭2日目の朝だもん。
ぎりぎりセーフって感じ。
文化祭準備してる時に壊れられたらもう、泣くしかなかった。
文化祭前にはほんとによく働いてもらいました。
『おまえが使いすぎたから壊れたんだ!!』と
妹にはよくわからないことを言われましたが、
そんなの無視です、無視。
ま、なんにしても、よかったよかった。
しかし、夏休み中引きこもりでネタがないときには
パソコン壊れなかったのに、
学校はじまって、ねたがどんどんできるようになると、パソコンいじれなくなるし。
まったく、ほんとにやんなっちゃう。
新学期始まってからしばらくは文化祭準備でめちゃくちゃ忙しくて、
やっと終わった、さぁ、日記でも書こうかしらと思ったときには、
うちのパソコン壊れてるし。
昨日やっと生き返ってくれました。
我が家のパソコン。
でも今思い返すと、文化祭の前に壊れたりしなくてほんとに運がよかった。
壊れたのは、文化祭2日目の朝だもん。
ぎりぎりセーフって感じ。
文化祭準備してる時に壊れられたらもう、泣くしかなかった。
文化祭前にはほんとによく働いてもらいました。
『おまえが使いすぎたから壊れたんだ!!』と
妹にはよくわからないことを言われましたが、
そんなの無視です、無視。
ま、なんにしても、よかったよかった。
しかし、夏休み中引きこもりでネタがないときには
パソコン壊れなかったのに、
学校はじまって、ねたがどんどんできるようになると、パソコンいじれなくなるし。
まったく、ほんとにやんなっちゃう。
ちょっとおそいけど、
2001年9月13日パソコン停止中できなかった文化祭の自分的総括をちょっとだけ。
9月の8日9日はうちの高校の文化祭でした。
とりあえず、楽しかったです。
3年生だってのに、やたらとがんばってしまいました。
和太鼓の公演と、トレッキング部の展示と。
どちらもわりと好評でした。
和太鼓は完成度低くて、ほんとにこれで大丈夫かって誰もが思ってた割には、
反響は予想以上のものがあって…。
新鮮さと、和太鼓自身が持つ力強さとか響きとかが受けたようです。
なんにでも感動するうちの高校の先生方が、
鳥肌立てて感動してくれてたみたいです。
よかったよかった。
トレッキング部も自分的には大成功かなと。
展示としての出来自体は完璧でした。
顧問の先生がデジカメでとった見事な写真とか、
同じく先生が撮影・編集してくれた合宿のVTRとか。
BGMがさわやかな雰囲気を効果的に演出してたし、
4階だったもんだから、雨上がりの多摩丘陵(?)が見渡せたし。
あとは、まぁ、私の書いた駄文も、それなりに読んでもらえたみたいだし。
きた人はみんなある程度は感心して帰ってくれてたみたいです。
OBも、やっと正常な展示に戻ってきたって安心してたみたいだし。
ただし、ちょっと気になるのは、先生への依存度が若干高すぎた事。
芸術科の先生だからやたらと気合いれていろいろやってくださったんだけど、
まぁ、逆にいえば、先生がいないとこれだけのものはおそらく作れなかったろうな、
っていう気もする。
そこがちょっと心残り。
まぁ、でも今年は部員の減少を何とかして食い止めなければ、という、
最優先事項があったから、しょうがない。
ただ、うれしかったこともある。
今年の文化祭も、結局両親ともにくる事になってしまったのだけれど、
何を思ったのか、うちの兄も来てくれた。
兄はこういう展示になると、かなり細かいところまで観察できる人なので、
彼の感想を楽しみにしてたのだけれど、
その兄が、
ほかの人にはなかなか気づいてもらえなかった部分まで指摘してくれたのだ。
文章を極力読みやすくする工夫とか、
展示全体の雰囲気作りの工夫とか。
どちらもこっちとしては結構こだわっいた部分だ。
展示の中の文章って言うのは、いちいち読んでるのはかったるくて
読み飛ばされてしまいがちなものだから、
できるだけ読んでもらえるように、
文の切れ目とか
改行の位置とか
段落わけとか
言葉遣いとか
フォントとか
字の大きさとか
自分としては、いろんなことにかなりの時間をかけて作ったものだ。
展示全体の作りのしたって、
パネルの置き方や展示の流れ、窓や壁、黒板の使い方など、
さわやかで開放感のある展示にしようということで、
友達と話し合って、それなりにこだわって決めたものだ。
そういう部分を兄に気づいてもらえたのが、うれしかった。
そんな感じでした。
とにかく3年間で一番楽しい文化祭だった気がする。
ぼくはこの2年間はどっちかって言うと、
演劇コンクールと、
応援団として参加する体育祭に
重きをおいてたので、
こんなに楽しかった文化祭は初めてだ。
文化祭が一番いいなって思った。
ただし、気がかりなのは、
去年の今ごろは、今年よりもっといろんなことがあって、
まぁ、それだけいろんなものも失ったんだけど、
その代わりいろんなものを得ていた。
けど、今年は失うだけだった気がする。
要するに3年生とはそういう学年だということだ。
もう、すべてにおいて引退していなくてはならない学年なのだろう。
その辺がちょっと気になる。
こんなんでよかったのかな…、と。
ま、じきに卒業だし。…なんて。
でも自分の
いっぱいいっぱいになると、すぐ機嫌悪くなって、
友達にでも平気で、いらだちながら接してしまうところは、
いいかげん直したほうがいいかなと思いました。
それから、壁にぶつかると壁に挑戦しようとしないで
すぐ別の道を探そうとするところも。
でも、まぁ、楽しかったから、よかった。
そんなわけで、非常に適当な文化祭総括でした。
9月の8日9日はうちの高校の文化祭でした。
とりあえず、楽しかったです。
3年生だってのに、やたらとがんばってしまいました。
和太鼓の公演と、トレッキング部の展示と。
どちらもわりと好評でした。
和太鼓は完成度低くて、ほんとにこれで大丈夫かって誰もが思ってた割には、
反響は予想以上のものがあって…。
新鮮さと、和太鼓自身が持つ力強さとか響きとかが受けたようです。
なんにでも感動するうちの高校の先生方が、
鳥肌立てて感動してくれてたみたいです。
よかったよかった。
トレッキング部も自分的には大成功かなと。
展示としての出来自体は完璧でした。
顧問の先生がデジカメでとった見事な写真とか、
同じく先生が撮影・編集してくれた合宿のVTRとか。
BGMがさわやかな雰囲気を効果的に演出してたし、
4階だったもんだから、雨上がりの多摩丘陵(?)が見渡せたし。
あとは、まぁ、私の書いた駄文も、それなりに読んでもらえたみたいだし。
きた人はみんなある程度は感心して帰ってくれてたみたいです。
OBも、やっと正常な展示に戻ってきたって安心してたみたいだし。
ただし、ちょっと気になるのは、先生への依存度が若干高すぎた事。
芸術科の先生だからやたらと気合いれていろいろやってくださったんだけど、
まぁ、逆にいえば、先生がいないとこれだけのものはおそらく作れなかったろうな、
っていう気もする。
そこがちょっと心残り。
まぁ、でも今年は部員の減少を何とかして食い止めなければ、という、
最優先事項があったから、しょうがない。
ただ、うれしかったこともある。
今年の文化祭も、結局両親ともにくる事になってしまったのだけれど、
何を思ったのか、うちの兄も来てくれた。
兄はこういう展示になると、かなり細かいところまで観察できる人なので、
彼の感想を楽しみにしてたのだけれど、
その兄が、
ほかの人にはなかなか気づいてもらえなかった部分まで指摘してくれたのだ。
文章を極力読みやすくする工夫とか、
展示全体の雰囲気作りの工夫とか。
どちらもこっちとしては結構こだわっいた部分だ。
展示の中の文章って言うのは、いちいち読んでるのはかったるくて
読み飛ばされてしまいがちなものだから、
できるだけ読んでもらえるように、
文の切れ目とか
改行の位置とか
段落わけとか
言葉遣いとか
フォントとか
字の大きさとか
自分としては、いろんなことにかなりの時間をかけて作ったものだ。
展示全体の作りのしたって、
パネルの置き方や展示の流れ、窓や壁、黒板の使い方など、
さわやかで開放感のある展示にしようということで、
友達と話し合って、それなりにこだわって決めたものだ。
そういう部分を兄に気づいてもらえたのが、うれしかった。
そんな感じでした。
とにかく3年間で一番楽しい文化祭だった気がする。
ぼくはこの2年間はどっちかって言うと、
演劇コンクールと、
応援団として参加する体育祭に
重きをおいてたので、
こんなに楽しかった文化祭は初めてだ。
文化祭が一番いいなって思った。
ただし、気がかりなのは、
去年の今ごろは、今年よりもっといろんなことがあって、
まぁ、それだけいろんなものも失ったんだけど、
その代わりいろんなものを得ていた。
けど、今年は失うだけだった気がする。
要するに3年生とはそういう学年だということだ。
もう、すべてにおいて引退していなくてはならない学年なのだろう。
その辺がちょっと気になる。
こんなんでよかったのかな…、と。
ま、じきに卒業だし。…なんて。
でも自分の
いっぱいいっぱいになると、すぐ機嫌悪くなって、
友達にでも平気で、いらだちながら接してしまうところは、
いいかげん直したほうがいいかなと思いました。
それから、壁にぶつかると壁に挑戦しようとしないで
すぐ別の道を探そうとするところも。
でも、まぁ、楽しかったから、よかった。
そんなわけで、非常に適当な文化祭総括でした。
あぅ、体が…。
2001年8月31日しごいてやりましたさ、後輩たちを。
雨も心配だったので、そんなにハードじゃなかったけど。
普段どおりに。
それはまぁ、楽で良かった。
久しぶりに応援団の技を切ってみた。
なんか明日の開会式、やっぱり出なきゃいけないみたいで。
…。
夏休み中、ずっと引きこもりっ子だったんで、
体のなまり具合が心配だったんだけど、
何とか切れました、
最初は…。
うーん、体が持たない。
体力が続かない。
腕が回らなくなる。
膝入らなくなる。
声がかすれる。
だめじゃーん。
これで明日ちゃんと技切れるのかな?
でも、まだ後輩よりうまい、と自分では思うので、
それはまぁ、良かった。
っていうか、後輩たちがちょっとダメダメ。
別にそんなことをここでいってもしょうがないんだけど、
もうちょっと上手くなっててもいいのに…。
前から思ってたけど、奴らはブキッチョすぎるのだ。
要領悪いし。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
今日、いくつかの技を、入場の隊形の組み方とあわせて、
連続して切ってみたんだけど、
すぐ、息が切れる。
うーん、なさけない、と思いきや、もう1人の3年生の奴も、
同じだったので、ちょっと安心。
応援団の入場の前は、きちんと整列してから入らなきゃいけないんだけど、
整列する時、一人一人の距離はとても近い。
なにしろ、前の奴の靴のかかとと自分の靴のつま先を
くっつけなきゃいけないくらいだもん。
そんなわけで、後ろの奴の息が荒いと、
自然と背後が生暖かくなるわけで…。
今日も、その3年の奴が後ろにいるとき、
頭に生暖かい鼻息がもろにかかった。
僕の髪型は坊主なので、鼻息がまともに頭皮で感じられる。
『頭皮に感じる荒い息の温み』
想像できます?
この誰も立ち入ることを許さない漢の世界が。
全身を支配する濃密な官能の瞬間が。
…い、いや、違う。そんなんじゃない。
何を言ってるんだ、おれは。
ま、軽いジョークってことで。
はい、おもしろーい(汗)。
そりゃね、気持ちのいいものじゃないけど、
とりあえず、まぁ、それは慣れてるから別にもういい。
いいんだけど、
ん?でも何で頭なんだ?
普通、後ろの奴の鼻息が当たるのって、首筋じゃねえ?
とかってちょっと思った。
思ったけど、そんなこと気にしない。
自分が奴の後ろにいるとき、自分の鼻息があたってそうなのは、
奴の首筋じゃなくて、背中だったりするけど、それも気にしない。
慣れてるんで。
僕と奴との、
一目瞭然の身長の差には…。
そんなこんなで、明日、開会式。
あぁ、だるい。
雨も心配だったので、そんなにハードじゃなかったけど。
普段どおりに。
それはまぁ、楽で良かった。
久しぶりに応援団の技を切ってみた。
なんか明日の開会式、やっぱり出なきゃいけないみたいで。
…。
夏休み中、ずっと引きこもりっ子だったんで、
体のなまり具合が心配だったんだけど、
何とか切れました、
最初は…。
うーん、体が持たない。
体力が続かない。
腕が回らなくなる。
膝入らなくなる。
声がかすれる。
だめじゃーん。
これで明日ちゃんと技切れるのかな?
でも、まだ後輩よりうまい、と自分では思うので、
それはまぁ、良かった。
っていうか、後輩たちがちょっとダメダメ。
別にそんなことをここでいってもしょうがないんだけど、
もうちょっと上手くなっててもいいのに…。
前から思ってたけど、奴らはブキッチョすぎるのだ。
要領悪いし。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
今日、いくつかの技を、入場の隊形の組み方とあわせて、
連続して切ってみたんだけど、
すぐ、息が切れる。
うーん、なさけない、と思いきや、もう1人の3年生の奴も、
同じだったので、ちょっと安心。
応援団の入場の前は、きちんと整列してから入らなきゃいけないんだけど、
整列する時、一人一人の距離はとても近い。
なにしろ、前の奴の靴のかかとと自分の靴のつま先を
くっつけなきゃいけないくらいだもん。
そんなわけで、後ろの奴の息が荒いと、
自然と背後が生暖かくなるわけで…。
今日も、その3年の奴が後ろにいるとき、
頭に生暖かい鼻息がもろにかかった。
僕の髪型は坊主なので、鼻息がまともに頭皮で感じられる。
『頭皮に感じる荒い息の温み』
想像できます?
この誰も立ち入ることを許さない漢の世界が。
全身を支配する濃密な官能の瞬間が。
…い、いや、違う。そんなんじゃない。
何を言ってるんだ、おれは。
ま、軽いジョークってことで。
はい、おもしろーい(汗)。
そりゃね、気持ちのいいものじゃないけど、
とりあえず、まぁ、それは慣れてるから別にもういい。
いいんだけど、
ん?でも何で頭なんだ?
普通、後ろの奴の鼻息が当たるのって、首筋じゃねえ?
とかってちょっと思った。
思ったけど、そんなこと気にしない。
自分が奴の後ろにいるとき、自分の鼻息があたってそうなのは、
奴の首筋じゃなくて、背中だったりするけど、それも気にしない。
慣れてるんで。
僕と奴との、
一目瞭然の身長の差には…。
そんなこんなで、明日、開会式。
あぁ、だるい。
3年なのにぃ。
2001年8月30日どーん。
明日は「さんじゅういちれん(31練)」。
応援団の毎年恒例の行事みたいなもんです。
応援団は夏休み中、技の練習してるんだけど、
その総まとめとして8月31日に引退した3年生に技を見てもらう。
それも普通に見てもらうんじゃなくて、
3年生も『しごくぞ』みたいな気合をもって見るもんだから、
それだけ時間も長くなって、きつさもハンパじゃない。
翌日には開会式があって、そこでも応援団として技をきらなきゃいけないのに、
前日にそんなに声を嗄らし、体力を消耗して、何になるんだと
思わなかったことはないが、
まぁ、そういう部活だから、しょうがない。
去年なんて、水泳大会当日になっても、
31練の影響で嗄れた喉が治ってなくて、
十分に応援できない奴もいたくらいで、
本当に何のためにやってるのか、誰もわからなくなってるような状況だけど、
まぁ、伝統的に続いてきてることだから、やらざるをえない。
そんな31練だ。
それでもって、今年は僕も3年生として、
1、2年生をしごいてやらなきゃいけない年、なわけですよ。
それが、明日。
…だるぅ。
うーん、いまいちやる気が起きない。
っていうか、応援団自体にもう情熱をもてない。
って、もう引退したんだから本来はそれでいいんだけど、
1、2年生少ないんで、学園祭の期間中、
3年生も補助として応援に参加しなくてはならないのだ。
…でも、なんかなぁ。
あぁ、応援団として誇りとやる気に満ちていた現役のころが懐かしい。
まぁ、それには色々要因があるんだけど。
何とは言いませんが。
でもでも、明日は31練出なきゃいけないわけで。
で、しかも、あさっての開会式にも、
3年生なのに出ないといけないっぽくて。
実は今年は、唯一いた1年生の部員もこないだ辞めていき、
1年生部員が誰もいない状況になってしまった。
したがって、教えるべき後輩は2年生しかいない。
そんな状況で31練やっても…、なんて思ったけど、でもやるらしい。
あぁ、憂鬱。
明日は「さんじゅういちれん(31練)」。
応援団の毎年恒例の行事みたいなもんです。
応援団は夏休み中、技の練習してるんだけど、
その総まとめとして8月31日に引退した3年生に技を見てもらう。
それも普通に見てもらうんじゃなくて、
3年生も『しごくぞ』みたいな気合をもって見るもんだから、
それだけ時間も長くなって、きつさもハンパじゃない。
翌日には開会式があって、そこでも応援団として技をきらなきゃいけないのに、
前日にそんなに声を嗄らし、体力を消耗して、何になるんだと
思わなかったことはないが、
まぁ、そういう部活だから、しょうがない。
去年なんて、水泳大会当日になっても、
31練の影響で嗄れた喉が治ってなくて、
十分に応援できない奴もいたくらいで、
本当に何のためにやってるのか、誰もわからなくなってるような状況だけど、
まぁ、伝統的に続いてきてることだから、やらざるをえない。
そんな31練だ。
それでもって、今年は僕も3年生として、
1、2年生をしごいてやらなきゃいけない年、なわけですよ。
それが、明日。
…だるぅ。
うーん、いまいちやる気が起きない。
っていうか、応援団自体にもう情熱をもてない。
って、もう引退したんだから本来はそれでいいんだけど、
1、2年生少ないんで、学園祭の期間中、
3年生も補助として応援に参加しなくてはならないのだ。
…でも、なんかなぁ。
あぁ、応援団として誇りとやる気に満ちていた現役のころが懐かしい。
まぁ、それには色々要因があるんだけど。
何とは言いませんが。
でもでも、明日は31練出なきゃいけないわけで。
で、しかも、あさっての開会式にも、
3年生なのに出ないといけないっぽくて。
実は今年は、唯一いた1年生の部員もこないだ辞めていき、
1年生部員が誰もいない状況になってしまった。
したがって、教えるべき後輩は2年生しかいない。
そんな状況で31練やっても…、なんて思ったけど、でもやるらしい。
あぁ、憂鬱。
今年は…
2001年8月28日今年の文化祭は、和太鼓の公演とトレッキング部の展示にエネルギーを注ぐことになるっぽい。
今日はその両方の話し合いと練習に顔を出した。
トレ部については、今日でだいたい展示のアウトラインが定まった。
今後するべき仕事も見えてきて、分担も決められたので、あとは動くだけ。
展示のメインは『夏合宿の報告』みたいな感じになるんだけど、
要はそれをどう見やすくするか、ということ。
先生にしても、部員にしても、結構気合が入っているので、
かなり適当にやってた去年とは違って
ちょっとは充実した展示になる気がする。
思ったより、いろんなアイディアがでるメンバーだから、
話を進めていきやすいし。
こっちは計画的に進めれば、どうにか間に合いそう。
和太鼓はけっこう危うい。
まだやる予定の曲を全部覚えてもいないし、
こんなんで、全曲完成できるのだろうか、って感じ。
しかも、今年になってできた同好会ゆえにいろんな障害があって、
練習場所すら満足に確保できない状況になってきた。
進行についても、時間がないために、まだ決められていない部分も多い。
本番の公演までたどり着ける、という確信が持てない。
先が見えないというのはとても不安だ。
あぁ、考えるだけで憂鬱になる。
今年は3年生なので、クラスで何かをやるということもない。
委員会でしなきゃいけない仕事もない。
これまで一番時間を取られてきた応援団の活動も少なくてすむ。
ということで、
今までになく楽しめそうな文化祭になりそう。
これまでは何かにつけ中途半端さが気になったけど、
そういう面についても、今年は何とかできるかも。
仲のいい友達とでああだこうだと言い合っていろんな事を決めていくという作業が、
何となく楽しい。
おそらくこういうのは高校生活最後になるので、ちょっと頑張ってみよう、と思う。
ただし、それだけに頭をとらわれすぎない程度に。
今日はその両方の話し合いと練習に顔を出した。
トレ部については、今日でだいたい展示のアウトラインが定まった。
今後するべき仕事も見えてきて、分担も決められたので、あとは動くだけ。
展示のメインは『夏合宿の報告』みたいな感じになるんだけど、
要はそれをどう見やすくするか、ということ。
先生にしても、部員にしても、結構気合が入っているので、
かなり適当にやってた去年とは違って
ちょっとは充実した展示になる気がする。
思ったより、いろんなアイディアがでるメンバーだから、
話を進めていきやすいし。
こっちは計画的に進めれば、どうにか間に合いそう。
和太鼓はけっこう危うい。
まだやる予定の曲を全部覚えてもいないし、
こんなんで、全曲完成できるのだろうか、って感じ。
しかも、今年になってできた同好会ゆえにいろんな障害があって、
練習場所すら満足に確保できない状況になってきた。
進行についても、時間がないために、まだ決められていない部分も多い。
本番の公演までたどり着ける、という確信が持てない。
先が見えないというのはとても不安だ。
あぁ、考えるだけで憂鬱になる。
今年は3年生なので、クラスで何かをやるということもない。
委員会でしなきゃいけない仕事もない。
これまで一番時間を取られてきた応援団の活動も少なくてすむ。
ということで、
今までになく楽しめそうな文化祭になりそう。
これまでは何かにつけ中途半端さが気になったけど、
そういう面についても、今年は何とかできるかも。
仲のいい友達とでああだこうだと言い合っていろんな事を決めていくという作業が、
何となく楽しい。
おそらくこういうのは高校生活最後になるので、ちょっと頑張ってみよう、と思う。
ただし、それだけに頭をとらわれすぎない程度に。
今年こそ(滝汗(ナイアガラ))
2001年8月27日今年は、僕の学校の、文化祭も体育祭も親を来させなくするんだと、僕は心に決めている。
もう3年生だし。
諸事情により、その両行事は今年が一番恥ずかしくなりそうだって気もするし。
だから、僕は、今年こそ、もう見に来ないで、って言い通そう、って決意してるわけです。
で、今日、両親に『今年は来なくていいから!!』って言ってやった。
その時の両親(特に母)の哀しげな目が…。
今まで僕はそんなこと言った事なくて、
『ええぇー、きてくれないのぉー』みたいな、そんないい子だったもんで、
そんな僕に、そんなことを言われたのが、ちょっと哀しかったのだろう。
…。
はぁ。
うちの妹なら、
『は?絶対来ないでよ。気持ち悪い(?)。』とかって、冷たい一言を親に対して平気で吐けるのに、
僕はそういうの苦手で…。
親に対して冷たいことを言うっていうのは、とてもやりにくい。
小者だけど、憎めない奴なんで、うちの両親は。
せっかく決意したのに、やっぱり今年も、親がくることになりそうな気が…。
でも、頑張る(?)
明日も和太鼓の練習で、朝早い。
だから、『ちゅらさん』が見られない!!
どーん。
もう3年生だし。
諸事情により、その両行事は今年が一番恥ずかしくなりそうだって気もするし。
だから、僕は、今年こそ、もう見に来ないで、って言い通そう、って決意してるわけです。
で、今日、両親に『今年は来なくていいから!!』って言ってやった。
その時の両親(特に母)の哀しげな目が…。
今まで僕はそんなこと言った事なくて、
『ええぇー、きてくれないのぉー』みたいな、そんないい子だったもんで、
そんな僕に、そんなことを言われたのが、ちょっと哀しかったのだろう。
…。
はぁ。
うちの妹なら、
『は?絶対来ないでよ。気持ち悪い(?)。』とかって、冷たい一言を親に対して平気で吐けるのに、
僕はそういうの苦手で…。
親に対して冷たいことを言うっていうのは、とてもやりにくい。
小者だけど、憎めない奴なんで、うちの両親は。
せっかく決意したのに、やっぱり今年も、親がくることになりそうな気が…。
でも、頑張る(?)
明日も和太鼓の練習で、朝早い。
だから、『ちゅらさん』が見られない!!
どーん。
ももに思う。
2001年8月26日この季節は毎日楽しい。
なんでかって、果物がいっぱい食べられるから。
ここ3日間で食べた果物。
ぶどう(2種)、梨、桃、プラム、メロン…。
あぁ、なんて素敵な食生活。
桃が一番好き。
昨日なんて1日に3個も食べちゃったい。
10時のおやつと、3時のおやつと、夕食の後のデザートと。
しあわせ…。
食べながら思った。
将来、人生に失敗して、とんでもなく貧乏な生活をおくらざるを得ないようなそんな事態に陥ることもあるかもしれない。
けど、そんな時でも、季節の果物を味わえるくらいの余裕は持ってたいな、って。
…なんじゃらほい。
しかし、適当な日記だ。
毎日眠くてしょうがない。
なんでかって、果物がいっぱい食べられるから。
ここ3日間で食べた果物。
ぶどう(2種)、梨、桃、プラム、メロン…。
あぁ、なんて素敵な食生活。
桃が一番好き。
昨日なんて1日に3個も食べちゃったい。
10時のおやつと、3時のおやつと、夕食の後のデザートと。
しあわせ…。
食べながら思った。
将来、人生に失敗して、とんでもなく貧乏な生活をおくらざるを得ないようなそんな事態に陥ることもあるかもしれない。
けど、そんな時でも、季節の果物を味わえるくらいの余裕は持ってたいな、って。
…なんじゃらほい。
しかし、適当な日記だ。
毎日眠くてしょうがない。
1年前のあの日も、君とくぎを打っていたね…。
2001年8月23日久しぶりに外出したぞ!って思ってたら、
なんかよく分からないうちに、
(比較的)忙しい一日になってしまった。
そもそも外出した理由は所属する和太鼓同好会の話し合いに出席するため。
それが終ったら、どこかで勉強でもしようかな、
などと考えておりました、当初は。
ところが、話し合いが終ったあとも、
よく分からないうちに練習することになって、
しかも、自分だってろくに叩けないくせに、
2年生に教えなきゃいけないことになったりして狼狽したり。
その後も、和太鼓の部長の人と文化祭公演についての相談をしたり、
先生にいろいろ頼みに行くのをやらされたり。
しかも、そこにきた、後輩に、
去年まで所属してたアーチ作成実行委員会の、
作業に参加してください、男手が足りないんです、とかって
顔は笑いつつ、目は強制♪
みたいな顔で頼まれて、意志の弱い僕は断れなかったために、
午後中いっぱい作業を手伝うはめになっちゃったし。
偶然見つけた3年の友達を道連れにして…。
そしてほんとに男手足りなかったし。
だって、僕と、その強引な2年生と、道連れにした3年生だけだっただもん、男手。
うーん、これはちょっと行かないわけにはいかなかったかも。
そんなこんなで、気付いたら時刻は5時、
本日の勉強時間いまだに0時間…。
そして、今日の僕の行動は全て後輩に流されたものばっか…。
あぁ、そんな僕の人生。
でも、まぁ、
去年の夏は毎日がこんな感じだったな、などと考えてみると、
なんとも懐かしい気分になったりもしました。
とんかちを打ったりするのも、1年ぶりだったし。
だから、まぁ、嫌ではなかったんだけど、
あぁー、でも勉強が…。
いいのかな、こんなんで、おれ。
和太鼓のことで先生に話をしにいったときの、
先生の「あら、あなたそんなことして大丈夫なの?」って感じの目が、
ひたすら、ひたすら、痛かったです。
そんな夏の日。
背後で、早くもドラフトの目玉となった日南学園寺原くんについて、
しきりに自分の思いを語ってくる妹に答えながらの、更新でした。
妹も受験生なのに、
いいのかな?
いまだに、こんなに甲子園の残像を追っていて…。
そして、「お前、志望校どうするんだ?」という問いに、
「この辺で甲子園いける高校ってどこかな?」と真面目に答えるような状態で…。
なんかよく分からないうちに、
(比較的)忙しい一日になってしまった。
そもそも外出した理由は所属する和太鼓同好会の話し合いに出席するため。
それが終ったら、どこかで勉強でもしようかな、
などと考えておりました、当初は。
ところが、話し合いが終ったあとも、
よく分からないうちに練習することになって、
しかも、自分だってろくに叩けないくせに、
2年生に教えなきゃいけないことになったりして狼狽したり。
その後も、和太鼓の部長の人と文化祭公演についての相談をしたり、
先生にいろいろ頼みに行くのをやらされたり。
しかも、そこにきた、後輩に、
去年まで所属してたアーチ作成実行委員会の、
作業に参加してください、男手が足りないんです、とかって
顔は笑いつつ、目は強制♪
みたいな顔で頼まれて、意志の弱い僕は断れなかったために、
午後中いっぱい作業を手伝うはめになっちゃったし。
偶然見つけた3年の友達を道連れにして…。
そしてほんとに男手足りなかったし。
だって、僕と、その強引な2年生と、道連れにした3年生だけだっただもん、男手。
うーん、これはちょっと行かないわけにはいかなかったかも。
そんなこんなで、気付いたら時刻は5時、
本日の勉強時間いまだに0時間…。
そして、今日の僕の行動は全て後輩に流されたものばっか…。
あぁ、そんな僕の人生。
でも、まぁ、
去年の夏は毎日がこんな感じだったな、などと考えてみると、
なんとも懐かしい気分になったりもしました。
とんかちを打ったりするのも、1年ぶりだったし。
だから、まぁ、嫌ではなかったんだけど、
あぁー、でも勉強が…。
いいのかな、こんなんで、おれ。
和太鼓のことで先生に話をしにいったときの、
先生の「あら、あなたそんなことして大丈夫なの?」って感じの目が、
ひたすら、ひたすら、痛かったです。
そんな夏の日。
背後で、早くもドラフトの目玉となった日南学園寺原くんについて、
しきりに自分の思いを語ってくる妹に答えながらの、更新でした。
妹も受験生なのに、
いいのかな?
いまだに、こんなに甲子園の残像を追っていて…。
そして、「お前、志望校どうするんだ?」という問いに、
「この辺で甲子園いける高校ってどこかな?」と真面目に答えるような状態で…。
あれ?
2001年8月22日自民党の山崎さんが、小泉首相が靖国参拝を行ったことに対する日本政府の姿勢を説明するため、東南アジアを回っているらしいです。
ついでに、構造改革に伴う、来年度予算からのODAの削減なんかについても理解を求めているとか…。
『ODA削減をちらつかせつつ、政治姿勢への理解を求める日本。』
露骨な弱いものいじめにしか見えないのは気のせいでしょうか。
幸い、東南アジア各国ではおおむね理解を示してくれる国が多いらしい。
『日本の姿勢は支持します。支持しますから、経済援助は打ち切らないで〜。』
発展途上国の切実な願いです。
日本としては思わず「よしよし。」とかって頭をなでたくなる、
そんな感じなんでしょうか。
見事な政治手法です。
『理解』ってそんな風に無理やり押し付けるものだったっけ?
っていうか、構造改革ってそうやって使うもの?
そんな疑問が胸をよぎりました。
ついでに、構造改革に伴う、来年度予算からのODAの削減なんかについても理解を求めているとか…。
『ODA削減をちらつかせつつ、政治姿勢への理解を求める日本。』
露骨な弱いものいじめにしか見えないのは気のせいでしょうか。
幸い、東南アジア各国ではおおむね理解を示してくれる国が多いらしい。
『日本の姿勢は支持します。支持しますから、経済援助は打ち切らないで〜。』
発展途上国の切実な願いです。
日本としては思わず「よしよし。」とかって頭をなでたくなる、
そんな感じなんでしょうか。
見事な政治手法です。
『理解』ってそんな風に無理やり押し付けるものだったっけ?
っていうか、構造改革ってそうやって使うもの?
そんな疑問が胸をよぎりました。
親戚同士で
2001年8月20日昨日、都内にある母の妹(つまり叔母)家族の家に行きました。
家の新築祝いです。
母の両親、もう1人の妹も集まり、うちの家族とあわせて、
総勢12人のちょっとしたホームパーティーになってしまった。
憧れのマイホームを建てて、喜びいっぱいの叔母夫婦でした。
うちと違って、叔母は、おしゃれに生きていきたい人。
だから、無理してでも都心の近くでないと住めないし、
家のデザインもそれなりにこだわってた。
そんなに広くはないけど、スペースの使い方が巧みで、広く見える。
屋根裏とかあったりして、結構素敵な家だ。
家の中には、叔母の仕事部屋もある。
友達と一緒にネット上で消費者に有機野菜を販売するサイトを
運営しているとか。
一度は結婚と子育てのために仕事を離れたんだけど、
何年か前にまたそういう仕事を始めたんだって。
こないだは、働く主婦とかって記事で、読売新聞に写真入りで紹介されてた。
そんな、ちょっとかっこいい叔母だ。
このメンバーで集まると、やたら楽しい。
母たち3姉妹は姉妹でありながら人生をそれぞれ違う方向に進めているので、
価値観も少しずつ違っていて、それだけに会話もかなりいろんな方向に豪快に展開されていく。
3人ともやたらおしゃべりだし、笑い声もでかいし。
そこに、海軍兵学校出の頑固な祖父、
そして、3姉妹と祖父を長年支えてきた祖母がくわわり、
会話はやたら盛り上がる。
母の下の妹は独身。
母の上の妹の旦那さんは某大手商社のサラリーマン。
うちの父は田舎のがっこの教頭先生。
妻が姉妹だといっても、2人のキャラはこれまた全然違う。
叔父の方はサラリーマンなだけに気づかい上手。
全員に気を使っているのがよく分かる。
それに比べて、父はそういうのがとっても下手。
祖父と話してるときだって、祖父の方が気を使ってる感じで、
結構ひやひやだ。
しょうがないから、孫である僕が、そばで応対してやる。
それでも父は平気なのだ。
小学生のいとこ2人は、やたら騒々しいし。
とにかく、人がたくさん集まると、それだけ多様なキャラクターがそろい、
人間関係の機微がつぶさに観察できる。
大人の付き合い、
兄弟姉妹の関係、
親戚同士のコミュニケーション。
個人個人のちょっとしたしぐさや行動、
気の使い方で、その人の性格や価値観が分析できる。
「あ、この人はいま、こんなこと考えたな。」
「この人はこういう生き方をしてるんだ。」
みたいな。
人の個性って言うのは、ほんとに人それぞれだ。
けして、誰の性格がダメ、とか言うわけではない。
みんなそれぞれがそれぞれのいいとこ、悪いとこを出し合って、
それをみんなが認め合いながら、人間関係は成り立っている。
そんなことを実感した。
人間を見るって、本当におもしろい。
ここは、僕にとって、貴重な人間観察の場だ。
たくさんご馳走が出て、
いとこの面倒を見させられて、
みんなでガハハと笑って、
そんなこんなで楽しい一日だった。
家の新築祝いです。
母の両親、もう1人の妹も集まり、うちの家族とあわせて、
総勢12人のちょっとしたホームパーティーになってしまった。
憧れのマイホームを建てて、喜びいっぱいの叔母夫婦でした。
うちと違って、叔母は、おしゃれに生きていきたい人。
だから、無理してでも都心の近くでないと住めないし、
家のデザインもそれなりにこだわってた。
そんなに広くはないけど、スペースの使い方が巧みで、広く見える。
屋根裏とかあったりして、結構素敵な家だ。
家の中には、叔母の仕事部屋もある。
友達と一緒にネット上で消費者に有機野菜を販売するサイトを
運営しているとか。
一度は結婚と子育てのために仕事を離れたんだけど、
何年か前にまたそういう仕事を始めたんだって。
こないだは、働く主婦とかって記事で、読売新聞に写真入りで紹介されてた。
そんな、ちょっとかっこいい叔母だ。
このメンバーで集まると、やたら楽しい。
母たち3姉妹は姉妹でありながら人生をそれぞれ違う方向に進めているので、
価値観も少しずつ違っていて、それだけに会話もかなりいろんな方向に豪快に展開されていく。
3人ともやたらおしゃべりだし、笑い声もでかいし。
そこに、海軍兵学校出の頑固な祖父、
そして、3姉妹と祖父を長年支えてきた祖母がくわわり、
会話はやたら盛り上がる。
母の下の妹は独身。
母の上の妹の旦那さんは某大手商社のサラリーマン。
うちの父は田舎のがっこの教頭先生。
妻が姉妹だといっても、2人のキャラはこれまた全然違う。
叔父の方はサラリーマンなだけに気づかい上手。
全員に気を使っているのがよく分かる。
それに比べて、父はそういうのがとっても下手。
祖父と話してるときだって、祖父の方が気を使ってる感じで、
結構ひやひやだ。
しょうがないから、孫である僕が、そばで応対してやる。
それでも父は平気なのだ。
小学生のいとこ2人は、やたら騒々しいし。
とにかく、人がたくさん集まると、それだけ多様なキャラクターがそろい、
人間関係の機微がつぶさに観察できる。
大人の付き合い、
兄弟姉妹の関係、
親戚同士のコミュニケーション。
個人個人のちょっとしたしぐさや行動、
気の使い方で、その人の性格や価値観が分析できる。
「あ、この人はいま、こんなこと考えたな。」
「この人はこういう生き方をしてるんだ。」
みたいな。
人の個性って言うのは、ほんとに人それぞれだ。
けして、誰の性格がダメ、とか言うわけではない。
みんなそれぞれがそれぞれのいいとこ、悪いとこを出し合って、
それをみんなが認め合いながら、人間関係は成り立っている。
そんなことを実感した。
人間を見るって、本当におもしろい。
ここは、僕にとって、貴重な人間観察の場だ。
たくさんご馳走が出て、
いとこの面倒を見させられて、
みんなでガハハと笑って、
そんなこんなで楽しい一日だった。
寺原くんの夏
2001年8月19日試合終了〜!!
横浜高校勝ちましたっ!!
もっとも速い球を投げる男、寺原隼人が甲子園を去りますっ!!
衝撃的な実況であった。
横浜対日南。
大差がつく打撃戦が多く、全体的にいまいち面白みにかける今大会の中で、
屈指の好勝負であったのではないだろうか。
今大会、松坂君がかつて出した151kmという最速記録を塗り替えた
日南の寺原君。
9回、ストライクが入らなくなって走者をため、
ストレートをライト前に運ばれて、万事休した。
試合後、横浜高校の校歌が流れる。
帽子を外し、まっすぐ前を見つめる。
TVの前で生意気そうに質問に答えていた顔が
悔しさにゆがんでいるのが印象的だった。
別に彼のこと、好きじゃなかったけど、
とりあえず、何かと騒がれることの多かった投手だ。
そんな奴が、準々決勝にして甲子園を去る。
その光景が、そんな彼の表情が、ちょっと感動的であった。
君といた夏…
2001年8月18日…正しくは、
『君といる夏 甲子園』
僕としては↑(件名)の方がいいと思ったんだけどさ。
ね?そうでしょ?
…。
妹がいま、高校球児の夏に燃えている。
受験生であるにも関わらず、毎日最低1試合は見る、と言うことを
自分にノルマとして課して、テレビの前で熱くなっている。
お気に入りの選手(たいてい、顔が割とかわいいピッチャーなのだが)を
見つけては、応援して喜んでいる。
妹的には、塚原青雲の長谷川君が良かったらしい。
近江高校に負けてしまって凹んでいた。
奴が甲子園が好きになったのは今大会から。
なぜか、気付いたらいきなり、甲子園バカになっていたのだ。
理由は誰にもよく分からない。
野球については僕もある程度意見できるので、
野球ネタで話が弾む。
基本的なところでは感性が似通っているので、
好む選手のタイプも、試合を見ていて抱く感想も割と似ていて、
話がしやすい。
しかし、妹が高校野球を好きになるなんて。
いわゆる『感動的な話』を徹底的に毛嫌いする妹は、
この手の暑苦しいスポーツはもっとも嫌いとするところだったのだけど。
野球だって僕が好んでみている時も、
すぐいらついてきて、チャンネル変えようとしてたし。
なのに、あの暑苦しさの代名詞のような甲子園を好きになるところが、
なんかおかしい。
でも、妹にもそういう人間味を愛する感性みたいなのを感じて、
なんかうれしい。
そういうのがあるのはいいことだ。
すぐ機嫌が悪くなったりして、面倒な妹だけど、
かなり頑固で人の意見を聞かないことでいつだって自分が一番そんしてる妹だけど、
わがままに育てられたから、結局最後は相手が折れると知ってて
駄々をこねてばっかの妹だけど、
やっぱり根はいい奴だ。
そう思う。
妹のこと、ちょっと見直した、
そんな夏。
『君といる夏 甲子園』
僕としては↑(件名)の方がいいと思ったんだけどさ。
ね?そうでしょ?
…。
妹がいま、高校球児の夏に燃えている。
受験生であるにも関わらず、毎日最低1試合は見る、と言うことを
自分にノルマとして課して、テレビの前で熱くなっている。
お気に入りの選手(たいてい、顔が割とかわいいピッチャーなのだが)を
見つけては、応援して喜んでいる。
妹的には、塚原青雲の長谷川君が良かったらしい。
近江高校に負けてしまって凹んでいた。
奴が甲子園が好きになったのは今大会から。
なぜか、気付いたらいきなり、甲子園バカになっていたのだ。
理由は誰にもよく分からない。
野球については僕もある程度意見できるので、
野球ネタで話が弾む。
基本的なところでは感性が似通っているので、
好む選手のタイプも、試合を見ていて抱く感想も割と似ていて、
話がしやすい。
しかし、妹が高校野球を好きになるなんて。
いわゆる『感動的な話』を徹底的に毛嫌いする妹は、
この手の暑苦しいスポーツはもっとも嫌いとするところだったのだけど。
野球だって僕が好んでみている時も、
すぐいらついてきて、チャンネル変えようとしてたし。
なのに、あの暑苦しさの代名詞のような甲子園を好きになるところが、
なんかおかしい。
でも、妹にもそういう人間味を愛する感性みたいなのを感じて、
なんかうれしい。
そういうのがあるのはいいことだ。
すぐ機嫌が悪くなったりして、面倒な妹だけど、
かなり頑固で人の意見を聞かないことでいつだって自分が一番そんしてる妹だけど、
わがままに育てられたから、結局最後は相手が折れると知ってて
駄々をこねてばっかの妹だけど、
やっぱり根はいい奴だ。
そう思う。
妹のこと、ちょっと見直した、
そんな夏。
あぁ、今日も…。
2001年8月17日ふっ、
今日も目の前でその存在を主張する文庫本の魅力に負けてしまったぜ、ちくしょう。
デビット・ゾペティとかって人の『いちげんさん』。
あまり名前を聞かないこの作者は、
スイス人で大学を中退するまでスイスにいたくせに、
日本に来て文学を勉強して小説書いたら、
すばる文学賞取っちゃいましたって言う、
ちょっと変わったお人だ。
それだけに表現の仕方がちょっと新鮮で楽しい。
それでも日本語としてちっとも不自然さを感じない。
そんなに長くなかったので、
勉強の合間に2〜3時間かけて読みきってしまった。
あぁ、ダメ人間。
実はこの作品、ちょっと前から読みたいなと思っていたんだけど、
作者があまり有名じゃないせいで図書館でなかなか見つからない。
一度、ハードカバーのを地元の図書館で見つけたことはあるんだけど、
その時はちょうど図書カードを持ってなくて断念したりして、
不運なすれ違いを繰り返してきたんだけど、
こないだ、地元の図書館で偶然発見。
しかも文庫本。
あぁ、なんてラッキー。
そんな出会いにちょっと感動。
そんなわけで読みたかったわけですよ、この本。
何となくね。
じゃぁ、買えよ、って感じなんだけど、
本を買うって言う習慣がなくて。
小さい時から、本は図書館で借りるものだったから。
お金ないし。
純文学は久しぶりだ。
そう簡単に人が死なないから安心感がある。
なんていうか、こう、
男女が抱き合ったりしてもいやらしさがない。
あ、きれい、みたいな。
そんな感じも久しぶり。
詳しい感想はめんどくさいので書かないけど、
「ガイジンさん」ゆえのちょっと特殊な視点で描かれてたのが、
良かった。
「ガイジンだから」って済ましちゃいけない話なんだけど。
さわやかな感動を呼ぶ、そんな本でした。
あぁー、でも、勉強しなきゃぁ。
まいったなぁ。
今日も目の前でその存在を主張する文庫本の魅力に負けてしまったぜ、ちくしょう。
デビット・ゾペティとかって人の『いちげんさん』。
あまり名前を聞かないこの作者は、
スイス人で大学を中退するまでスイスにいたくせに、
日本に来て文学を勉強して小説書いたら、
すばる文学賞取っちゃいましたって言う、
ちょっと変わったお人だ。
それだけに表現の仕方がちょっと新鮮で楽しい。
それでも日本語としてちっとも不自然さを感じない。
そんなに長くなかったので、
勉強の合間に2〜3時間かけて読みきってしまった。
あぁ、ダメ人間。
実はこの作品、ちょっと前から読みたいなと思っていたんだけど、
作者があまり有名じゃないせいで図書館でなかなか見つからない。
一度、ハードカバーのを地元の図書館で見つけたことはあるんだけど、
その時はちょうど図書カードを持ってなくて断念したりして、
不運なすれ違いを繰り返してきたんだけど、
こないだ、地元の図書館で偶然発見。
しかも文庫本。
あぁ、なんてラッキー。
そんな出会いにちょっと感動。
そんなわけで読みたかったわけですよ、この本。
何となくね。
じゃぁ、買えよ、って感じなんだけど、
本を買うって言う習慣がなくて。
小さい時から、本は図書館で借りるものだったから。
お金ないし。
純文学は久しぶりだ。
そう簡単に人が死なないから安心感がある。
なんていうか、こう、
男女が抱き合ったりしてもいやらしさがない。
あ、きれい、みたいな。
そんな感じも久しぶり。
詳しい感想はめんどくさいので書かないけど、
「ガイジンさん」ゆえのちょっと特殊な視点で描かれてたのが、
良かった。
「ガイジンだから」って済ましちゃいけない話なんだけど。
さわやかな感動を呼ぶ、そんな本でした。
あぁー、でも、勉強しなきゃぁ。
まいったなぁ。
言い訳になりますが
2001年8月16日…毎日、つまんない。
勉強以外やることがなくて。
っていうか、勉強以外のことやってる場合じゃないんだけど。
でもつまんない。
何て言っても仕方ないことは重々承知してるけど。
2年生の時までは割としょっちゅういろんなことがあって、
その時はうっとうしかったけど、
後から振り返ると、自分はそういうごたごたを結構楽しんでたりしたもんだから…。
いざ、そういうのが、身の回りに一つもなくなってみると、
やたらつまんなくて。
そんなわけで、っていうか、以上の内容は要するに言い訳なのだけど、
最近読書量が増えがちだ。
昔から毎日がつまんないとすぐ読書に逃げがちな少年だったもんで、
今回もそんなところに陥ってしまったっぽい。
しばらく、受験生として読書から離れるよう心がけていたのだけど、
夏休みに入って、止まらなくなってしまった。
勉強からの逃避以外の何ものでもないのだろうけど。
でも、たまの時間を見つけた気分転換だからいいことにしてる。
やっぱり自分は読書が好きだ。
活字を追っていると、なんともいえない安らぎを感じる。
昔は自分にテーマを課して、読む本を選んでたりもしてたんだけど、
最近はそういうのもめんどくさくなり、選び方も適当だ。
純粋に時間がつぶせるもの、読んでて楽しいものだけを読むようになってしまった。
我ながら、実に適当だ。
昔はもっと真面目だったのにねぇ。
まぁ、どうせ大学に入ったら難しい本も読まなくちゃいけなくなるだろうし(あ、大学いけたらの話)、
いまのうちに楽しんで読書しとけばいいかなってことで…。
ここんとこ、やたらさわやかな純愛ものが続いた。
オチが見えがちなミステリーにもあきてきたので。
純愛ものって、読んでもむかつくだけだと思ってたけど、
いまは、つまんなすぎて、心も乾いてるので、
そういうのも割と鼻につかない。
そんなわけで、実は、いま
心は遠いところに飛んでたりして…。
気分は、手をつないで顔を赤らめる中学生…みたいな。
…でも、気付いたら自分もまだ高校生であった。
うーん、何で僕の高校生活はこんな風にならなかったんだろう。
…なんて、答えはわかってるけど、別に言わない。
ふんっ。
そんな僕。
勉強以外やることがなくて。
っていうか、勉強以外のことやってる場合じゃないんだけど。
でもつまんない。
何て言っても仕方ないことは重々承知してるけど。
2年生の時までは割としょっちゅういろんなことがあって、
その時はうっとうしかったけど、
後から振り返ると、自分はそういうごたごたを結構楽しんでたりしたもんだから…。
いざ、そういうのが、身の回りに一つもなくなってみると、
やたらつまんなくて。
そんなわけで、っていうか、以上の内容は要するに言い訳なのだけど、
最近読書量が増えがちだ。
昔から毎日がつまんないとすぐ読書に逃げがちな少年だったもんで、
今回もそんなところに陥ってしまったっぽい。
しばらく、受験生として読書から離れるよう心がけていたのだけど、
夏休みに入って、止まらなくなってしまった。
勉強からの逃避以外の何ものでもないのだろうけど。
でも、たまの時間を見つけた気分転換だからいいことにしてる。
やっぱり自分は読書が好きだ。
活字を追っていると、なんともいえない安らぎを感じる。
昔は自分にテーマを課して、読む本を選んでたりもしてたんだけど、
最近はそういうのもめんどくさくなり、選び方も適当だ。
純粋に時間がつぶせるもの、読んでて楽しいものだけを読むようになってしまった。
我ながら、実に適当だ。
昔はもっと真面目だったのにねぇ。
まぁ、どうせ大学に入ったら難しい本も読まなくちゃいけなくなるだろうし(あ、大学いけたらの話)、
いまのうちに楽しんで読書しとけばいいかなってことで…。
ここんとこ、やたらさわやかな純愛ものが続いた。
オチが見えがちなミステリーにもあきてきたので。
純愛ものって、読んでもむかつくだけだと思ってたけど、
いまは、つまんなすぎて、心も乾いてるので、
そういうのも割と鼻につかない。
そんなわけで、実は、いま
心は遠いところに飛んでたりして…。
気分は、手をつないで顔を赤らめる中学生…みたいな。
…でも、気付いたら自分もまだ高校生であった。
うーん、何で僕の高校生活はこんな風にならなかったんだろう。
…なんて、答えはわかってるけど、別に言わない。
ふんっ。
そんな僕。
考えた。
2001年8月15日当り前だが、世の中には右な人と左な人がいる。
最近、それを強く実感する、そんな世の中になってきました。
昔から良く思うことだが、この『右と左』と言う表現。とても便利だ。誰だって生きていれば実感するであろう、思想上のこの違い。でも2つの違いを他の言葉で性格に表現しようとすると、とんでもなく長くなってしまうんじゃないかな。っていうか、普通に『右って何?』『左の人ってどういう人?』って聞いたときに、よどみなく説明できる人なんてそう多くないのではないだろうか。フランス革命時の裁判で、革新派と保守派の座った位置から、こう言うようになったらしいが、便利な表現だ。
僕はこれまで育ってきた過程において、比較的左の思想によって構成されるものに囲まれてきた、と思ってる。学校の先生にしろ、書物にしろ、家族にしろ、見るテレビ番組にしろ、友達にしろ…。新聞も朝日新聞だし。そんなわけで、自分はどっちかって言えば、左の人間なんじゃないかっていう気がする。少なくとも、右的な思想には一種の反感を覚える。かといって、過激な思想の持ち主というわけではないし、自分の思想のためにはある程度、大胆かつ積極的な行動も辞さない、とまでは考えていない。そんな人間だ。
だから、世の中を当り前のように、左よりな視点で捉えるし、ニュースの受け取り方にしても、政治に対する個人的スタンスにしても、やっぱり左の人間のそれなのであろうと思う。左の思想に必然性を感じるし、(非常に偏狭ではあるが)世の中の大多数もそうなんだろうな、って思って生きてきた。
けど、最近、よく思う。『それって逆じゃん。』って。
世の中を見回してみたときに、どうしたって右の人が目立つ。それも、ジジイばっかだと思ってたら、けっこうどの世代も分け隔てなく。僕の理解力の乏しさのせいで、その人の個人的な性格を思想の違いと取り違えてたりするのかもしれなくて、あんまり自信はないのだが、でも他人が当り前のように政治問題等についてコメントする内容に、本質的な反感を覚えるという機会は、僕が相手の言うことを理解する力を見に付けていくにしたがって、間違いなく増えている。だから、やっぱり世の中、右よりな人が多いんじゃないかって、思うのである。
だから、どうだと言うわけではないが、最近そういう人たちの妙な自信が気にかかる。自分、民族、国家、歴史に対する妙に自己本位な自信。そこには異なる視点、異なる背景、異なる角度、異なる心情を思いやる思想は存在しない。『誇り』という美しい表現で片付けられがちだが、ちょっとでも下手をすると、ナショナリズムの香りすら漂ってきそうなきけんな自信。そんな自信が、いま、日本のいたるところで社会的地位を得ている。
もちろん、そういった誇りを唱える人が世に溢れるのは、現在の自分たちに自信が持てない人が増えていることの裏返しだ、と言うことは理解している。そして、そのように、普通にしてたら自国に自信なんて持てないような状況にいま日本があることも事実だろう。
世の中には紙一重なことが数多くある。今言った『愛国心・郷土愛』と『ナショナリズム』もそうだし、『誇り』と『蔑視』、『統一』と『同化』、『他からの独立志向』と『意固地な孤立主義』などなど、数え上げればきりがない。全てがみな、ちょっと間違うと逆の方向に転じてしまう可能性を秘めつつ、危ういバランスを保っているからこそ、成り立ちうる概念だ。しかし、そこには当然のことながら、そんなバランスなど簡単に崩壊してしまうという危険性も内在しているのだ。そのことにもっと注意して行動・発言・思慮すべきなのではないだろうか。
自信を持つこと、自立すること、もちろん大事なことだと思う。一つの独立した国家としての存在をアピールしていかなければ、このまま国民が自信を失っていくだけだ。いつまでも周りの様子を窺って、他の言いなりになっているわけには行かない。それはあたりまえのことだ。
けれども、一つのことばかりにとらわれていすぎてもいけないと思う。世の中には、他にも数多くの判断基準が存在する。最近、驚くほど、その辺に鈍感な人の存在を意識することが多くなってきたきがする。
もっと、国民の知的レベルを上げなきゃいけない。欧米の人に馬鹿にされないように。最近、よくそう思う。自信をもつ、ということだけでなく、そこにはそれだけの裏づけが必要なのだ。それには、もっと注意深くならなくてはならない。偏狭になりすぎていたり、危険性に気が付かなくなったりするようでは、元も子もないと思う。問題の表面だけを見て一喜一憂しないで、その裏には何が潜んでいるのか、本質的かつ現実的な見方を国民全員が養っていかなくてはならないのではないだろうか。
なんて、日本中が様々な感慨を抱き、日本の行く末を思い、そして割れるこの時期、自分なりに、考えてみたりした。
日本はこの先、どうなるのだろう…。
最近、それを強く実感する、そんな世の中になってきました。
昔から良く思うことだが、この『右と左』と言う表現。とても便利だ。誰だって生きていれば実感するであろう、思想上のこの違い。でも2つの違いを他の言葉で性格に表現しようとすると、とんでもなく長くなってしまうんじゃないかな。っていうか、普通に『右って何?』『左の人ってどういう人?』って聞いたときに、よどみなく説明できる人なんてそう多くないのではないだろうか。フランス革命時の裁判で、革新派と保守派の座った位置から、こう言うようになったらしいが、便利な表現だ。
僕はこれまで育ってきた過程において、比較的左の思想によって構成されるものに囲まれてきた、と思ってる。学校の先生にしろ、書物にしろ、家族にしろ、見るテレビ番組にしろ、友達にしろ…。新聞も朝日新聞だし。そんなわけで、自分はどっちかって言えば、左の人間なんじゃないかっていう気がする。少なくとも、右的な思想には一種の反感を覚える。かといって、過激な思想の持ち主というわけではないし、自分の思想のためにはある程度、大胆かつ積極的な行動も辞さない、とまでは考えていない。そんな人間だ。
だから、世の中を当り前のように、左よりな視点で捉えるし、ニュースの受け取り方にしても、政治に対する個人的スタンスにしても、やっぱり左の人間のそれなのであろうと思う。左の思想に必然性を感じるし、(非常に偏狭ではあるが)世の中の大多数もそうなんだろうな、って思って生きてきた。
けど、最近、よく思う。『それって逆じゃん。』って。
世の中を見回してみたときに、どうしたって右の人が目立つ。それも、ジジイばっかだと思ってたら、けっこうどの世代も分け隔てなく。僕の理解力の乏しさのせいで、その人の個人的な性格を思想の違いと取り違えてたりするのかもしれなくて、あんまり自信はないのだが、でも他人が当り前のように政治問題等についてコメントする内容に、本質的な反感を覚えるという機会は、僕が相手の言うことを理解する力を見に付けていくにしたがって、間違いなく増えている。だから、やっぱり世の中、右よりな人が多いんじゃないかって、思うのである。
だから、どうだと言うわけではないが、最近そういう人たちの妙な自信が気にかかる。自分、民族、国家、歴史に対する妙に自己本位な自信。そこには異なる視点、異なる背景、異なる角度、異なる心情を思いやる思想は存在しない。『誇り』という美しい表現で片付けられがちだが、ちょっとでも下手をすると、ナショナリズムの香りすら漂ってきそうなきけんな自信。そんな自信が、いま、日本のいたるところで社会的地位を得ている。
もちろん、そういった誇りを唱える人が世に溢れるのは、現在の自分たちに自信が持てない人が増えていることの裏返しだ、と言うことは理解している。そして、そのように、普通にしてたら自国に自信なんて持てないような状況にいま日本があることも事実だろう。
世の中には紙一重なことが数多くある。今言った『愛国心・郷土愛』と『ナショナリズム』もそうだし、『誇り』と『蔑視』、『統一』と『同化』、『他からの独立志向』と『意固地な孤立主義』などなど、数え上げればきりがない。全てがみな、ちょっと間違うと逆の方向に転じてしまう可能性を秘めつつ、危ういバランスを保っているからこそ、成り立ちうる概念だ。しかし、そこには当然のことながら、そんなバランスなど簡単に崩壊してしまうという危険性も内在しているのだ。そのことにもっと注意して行動・発言・思慮すべきなのではないだろうか。
自信を持つこと、自立すること、もちろん大事なことだと思う。一つの独立した国家としての存在をアピールしていかなければ、このまま国民が自信を失っていくだけだ。いつまでも周りの様子を窺って、他の言いなりになっているわけには行かない。それはあたりまえのことだ。
けれども、一つのことばかりにとらわれていすぎてもいけないと思う。世の中には、他にも数多くの判断基準が存在する。最近、驚くほど、その辺に鈍感な人の存在を意識することが多くなってきたきがする。
もっと、国民の知的レベルを上げなきゃいけない。欧米の人に馬鹿にされないように。最近、よくそう思う。自信をもつ、ということだけでなく、そこにはそれだけの裏づけが必要なのだ。それには、もっと注意深くならなくてはならない。偏狭になりすぎていたり、危険性に気が付かなくなったりするようでは、元も子もないと思う。問題の表面だけを見て一喜一憂しないで、その裏には何が潜んでいるのか、本質的かつ現実的な見方を国民全員が養っていかなくてはならないのではないだろうか。
なんて、日本中が様々な感慨を抱き、日本の行く末を思い、そして割れるこの時期、自分なりに、考えてみたりした。
日本はこの先、どうなるのだろう…。
あぁ、妹よ。
2001年8月14日まずは昨日し忘れた報告を。
昨日、ついに、一週間ぶりに外出してみました。
所属する和太鼓部同好会の活動のために。。
ただし、学校が登校禁止で部活は中止だったんだけど。
でもまぁ、とりあえず、引きこもりから脱却できてよかったです。
久しぶりに、友人の顔も見られたし。
ちっとも変わってなくて、つまんなかったけど。
我が家には現在、2名の受験生がいます。
僕と、中3の妹。
僕は昔から、親に勉強面で口出しされたことはないから、
今年もそんなに負担をかけてるとは思わないんだけど、
妹は自分では計画的に勉強を進めていくことが出来ない子なんで、
大変です。
これまで上の兄弟2人は、一度も塾に行かせる事もなく、
のほほんと過ごしてきたうちの両親も、
今年になって、妹にあった塾を探さなきゃいけない羽目になってるし。
そんな妹は、精神面でもやたら荒っぽくなってるので、
家の中の雰囲気も荒れてるし。
一番面倒なことには、
妹は理解力ないくせに、どうでもいいことにまでこだわる性質なので、
理解までに人一倍時間がかかる。
しかも、これまでの中学校生活でまともな勉強をしていなかったから、
基礎からしてちんぷんかんぷんだ。
そういうのを、家族一丸となってサポートしてやんなくちゃいけなくて。
で、そういうのが一番やりやすいのが、当然ながら
家族の中で過去に高校受験を経験した時期が一番近い、すぐ上の兄の僕。
で、まぁ、ぼくは、今年、
受験生なのに、他人の受験のお手伝いをしてやんなきゃいけない状況にあるわけです。
最近は2人とも家にいることが多いので、
それだけ、質問される機会もやたら増えるわけで…。
しかも、今日のようにやたら機嫌が良かったりすると、
質問する時に、『もう一度よく考えてから質問しよう』みたいなのがないから、
一瞬理解に苦しむと即質問、くらいのペースで、
5分に1回は何かしらの質問がくる。
そういうのに、いちいち、
理解力のない妹にも分かるように
丁寧に説明してやらなくてはならない。
しかも、こだわりやで小さな疑問が残ると我慢できない性質だから、
適当にごまかして教えることができないし。
説明がくるのは、ほとんど社会科(歴史)なんだけど、
世界史ならともかく、日本史なんてほとんど忘れてるから、
記憶を掘り起こすか、最悪、調べ直さなきゃいけないし。
受験生だってのに…(しくしく)。
もう、本当に、自分の妹思いには、感心するばかりです。
なんて優しいお兄ちゃんなんだ、俺は!!
…なんて。なにやってんだろ。
夏休みもそろそろ終わりに近付き、
勉強にもさらに力をこめたい、今日この頃。
…ちっとも集中できない!
そんな僕。
昨日、ついに、一週間ぶりに外出してみました。
所属する和太鼓部同好会の活動のために。。
ただし、学校が登校禁止で部活は中止だったんだけど。
でもまぁ、とりあえず、引きこもりから脱却できてよかったです。
久しぶりに、友人の顔も見られたし。
ちっとも変わってなくて、つまんなかったけど。
我が家には現在、2名の受験生がいます。
僕と、中3の妹。
僕は昔から、親に勉強面で口出しされたことはないから、
今年もそんなに負担をかけてるとは思わないんだけど、
妹は自分では計画的に勉強を進めていくことが出来ない子なんで、
大変です。
これまで上の兄弟2人は、一度も塾に行かせる事もなく、
のほほんと過ごしてきたうちの両親も、
今年になって、妹にあった塾を探さなきゃいけない羽目になってるし。
そんな妹は、精神面でもやたら荒っぽくなってるので、
家の中の雰囲気も荒れてるし。
一番面倒なことには、
妹は理解力ないくせに、どうでもいいことにまでこだわる性質なので、
理解までに人一倍時間がかかる。
しかも、これまでの中学校生活でまともな勉強をしていなかったから、
基礎からしてちんぷんかんぷんだ。
そういうのを、家族一丸となってサポートしてやんなくちゃいけなくて。
で、そういうのが一番やりやすいのが、当然ながら
家族の中で過去に高校受験を経験した時期が一番近い、すぐ上の兄の僕。
で、まぁ、ぼくは、今年、
受験生なのに、他人の受験のお手伝いをしてやんなきゃいけない状況にあるわけです。
最近は2人とも家にいることが多いので、
それだけ、質問される機会もやたら増えるわけで…。
しかも、今日のようにやたら機嫌が良かったりすると、
質問する時に、『もう一度よく考えてから質問しよう』みたいなのがないから、
一瞬理解に苦しむと即質問、くらいのペースで、
5分に1回は何かしらの質問がくる。
そういうのに、いちいち、
理解力のない妹にも分かるように
丁寧に説明してやらなくてはならない。
しかも、こだわりやで小さな疑問が残ると我慢できない性質だから、
適当にごまかして教えることができないし。
説明がくるのは、ほとんど社会科(歴史)なんだけど、
世界史ならともかく、日本史なんてほとんど忘れてるから、
記憶を掘り起こすか、最悪、調べ直さなきゃいけないし。
受験生だってのに…(しくしく)。
もう、本当に、自分の妹思いには、感心するばかりです。
なんて優しいお兄ちゃんなんだ、俺は!!
…なんて。なにやってんだろ。
夏休みもそろそろ終わりに近付き、
勉強にもさらに力をこめたい、今日この頃。
…ちっとも集中できない!
そんな僕。
あのころは、森がいて…。
2001年8月13日先日、新聞読んでてチラッと見かけた小さなニュース。
衆議院議員の森田健作氏を自民党に復党させる、
そんな動きがあるらしい。
森田健作といえば、昨年の総選挙で、公明党と自民党との候補者調整によって自民党の公認を外されたことに激怒して無所属で立候補し、『熱血選挙』を繰り広げた末、公明党候補を破って当選したあの議員だ。
街頭演説では、連立政権の被害者を強調して、やたら暑苦しく、『こんなことが許されていいんですかぁ?』などと、叫んでいました。
自民党に裏切られた怒りを訴えて同情を買い、恨みを晴らすんだ、みたいな、そんな論調で支持をえて当選してしまったのでした。
そんな彼もついに自民党に戻られるみたい。
自民党に対する怒りはどこに行ったの?
あんなにていよく捨てられても、それをバネに獲得した議席を、またも自民党に貢いでしまうの?
別にそんなの、総選挙の後の彼の声明聞いてれば誰にでも予想はついてたことだけど、
政治の世界ではそんなのあたりまえのことなんだろうけど、
でも、当然のように戻ってしまうことについて、なんかやっぱりむかつく。
じゃぁ、あんなに熱く、汗水流して、下町のオバちゃんたちに向かって訴えたことはなんだったんだろう。
自分をないがしろにされた怒り、そんな政策とかを度外視した単純な動機による立候補によって、さわやかな熱血ぶりを演出したあの選挙はなんだったんだろう。
彼の中で、そういう疑問はわかなかったのかな。
彼はいわゆる、『過去の知名度』によって、候補者本人のもつイメージによって、有権者の支持を集めた、そういう議員だ。
別に彼が何か大きなことをしてくれるだろう、なんておそらく誰も期待していない。
そういう奴って、政党にとっては、候補者の知名度で自分の党の議席を一つ増やしてくれる、というだけのおいしい存在、でしかないんだろうけど、
有権者にとっては、『政策には期待しないけど、私たちの大好きなあの人が汚れた政治の世界で頑張っているというだけで、なんとなく、政治に安心感というか、信頼感が沸いてくる』そんな存在である、のだと僕は思ってる。
森田健作だって、あんなにさわやかな彼だもん、きっと彼だけは悪いことはしないだろう、みたいなそんな思いで国会に送り込んだ有権者も多いと思う。
そんな彼が、あまりにも、あまりにも、あからさまな、有権者に対する裏切り。
参院選もおわったし、そろそろ復党しても騒ぎは大きくならないだろう、みたいな打算が透けて見える。
選挙中に言った事なんてしょせんは方便、もう忘れたぽい♪
そんな感じだ。
選挙後の、彼の『私は自民党にけんかを売って、そして勝ったのだ!!』みたいな、(ちょっと間抜けっぽい)得意顔が目に浮かぶだけに、なんとも哀しいかぎりだ。
そんなに自民党が好きだったんだね、彼は。
ちょっと健気だ。
次の選挙、彼はなんと言って、どこの党から、出馬するつもりだろう?
それを有権者になんと言って説明するつもりだろう?
政治家ってとことん大変なお仕事だ。
強くそう思う。
衆議院議員の森田健作氏を自民党に復党させる、
そんな動きがあるらしい。
森田健作といえば、昨年の総選挙で、公明党と自民党との候補者調整によって自民党の公認を外されたことに激怒して無所属で立候補し、『熱血選挙』を繰り広げた末、公明党候補を破って当選したあの議員だ。
街頭演説では、連立政権の被害者を強調して、やたら暑苦しく、『こんなことが許されていいんですかぁ?』などと、叫んでいました。
自民党に裏切られた怒りを訴えて同情を買い、恨みを晴らすんだ、みたいな、そんな論調で支持をえて当選してしまったのでした。
そんな彼もついに自民党に戻られるみたい。
自民党に対する怒りはどこに行ったの?
あんなにていよく捨てられても、それをバネに獲得した議席を、またも自民党に貢いでしまうの?
別にそんなの、総選挙の後の彼の声明聞いてれば誰にでも予想はついてたことだけど、
政治の世界ではそんなのあたりまえのことなんだろうけど、
でも、当然のように戻ってしまうことについて、なんかやっぱりむかつく。
じゃぁ、あんなに熱く、汗水流して、下町のオバちゃんたちに向かって訴えたことはなんだったんだろう。
自分をないがしろにされた怒り、そんな政策とかを度外視した単純な動機による立候補によって、さわやかな熱血ぶりを演出したあの選挙はなんだったんだろう。
彼の中で、そういう疑問はわかなかったのかな。
彼はいわゆる、『過去の知名度』によって、候補者本人のもつイメージによって、有権者の支持を集めた、そういう議員だ。
別に彼が何か大きなことをしてくれるだろう、なんておそらく誰も期待していない。
そういう奴って、政党にとっては、候補者の知名度で自分の党の議席を一つ増やしてくれる、というだけのおいしい存在、でしかないんだろうけど、
有権者にとっては、『政策には期待しないけど、私たちの大好きなあの人が汚れた政治の世界で頑張っているというだけで、なんとなく、政治に安心感というか、信頼感が沸いてくる』そんな存在である、のだと僕は思ってる。
森田健作だって、あんなにさわやかな彼だもん、きっと彼だけは悪いことはしないだろう、みたいなそんな思いで国会に送り込んだ有権者も多いと思う。
そんな彼が、あまりにも、あまりにも、あからさまな、有権者に対する裏切り。
参院選もおわったし、そろそろ復党しても騒ぎは大きくならないだろう、みたいな打算が透けて見える。
選挙中に言った事なんてしょせんは方便、もう忘れたぽい♪
そんな感じだ。
選挙後の、彼の『私は自民党にけんかを売って、そして勝ったのだ!!』みたいな、(ちょっと間抜けっぽい)得意顔が目に浮かぶだけに、なんとも哀しいかぎりだ。
そんなに自民党が好きだったんだね、彼は。
ちょっと健気だ。
次の選挙、彼はなんと言って、どこの党から、出馬するつもりだろう?
それを有権者になんと言って説明するつもりだろう?
政治家ってとことん大変なお仕事だ。
強くそう思う。
夢の中で
2001年8月12日昨夜、寝ていて、ふと目が冷めた。
…ど、どうしよう。
今、確かに僕は…、
笑ってた!?
やたら楽しい夢だったことは覚えている。
小学生のころの友達が数人でてるの。
『ふるごん』と『えんちゃん』と『つっくん』と…。
あと、今の高校のお友達もいたかも…。
で、高校のお友達を、小学校の友達に紹介してたら、
小学校のお友達が良くわかんないことを始めちゃって…。
それがめちゃくちゃおもしろかったんだけど、
覚えてない。
一生懸命覚えておこうと思ったんだけど…。
で、気付いたら、
くすくす笑ってた。
寝てる時だけに、さすがに笑うのはまずいだろうと、
夢の中で思いながら、声を押し殺すようにしてたんだけど、
やっぱり、うぐぅ、っていう声くらいしてたっぽい。
目さめても笑ってたもん。
やばいなぁ。
寝ながらなにやら声を押し殺して、
うぐうぐ笑ってる姿。
そばで見てたらさぞ、気持ち悪いことだろう。
ふるごんは小学校卒業間近にして引っ越してっちゃった子なんだけど、
暇さえあれば、よく分からない歌を熱唱している巨体の子だった。
お腹がお月さんのように大きいの。
ある日、廊下にクラス全員を集めて、
『泳げたいやき君』を熱唱してた。
♪むわぃにち、むわぃにち…って。
そしてえんちゃんは、寒いといって、
ジーパンの上にさらにジーパンを重ね着してた。
つっくんは、いつだって机の中が汚かった。
そんなつっくんの夢はギャンブラーになること。
そんな奴らだった。
最近、めっきり会ってない。
奴ら元気かな。
…ど、どうしよう。
今、確かに僕は…、
笑ってた!?
やたら楽しい夢だったことは覚えている。
小学生のころの友達が数人でてるの。
『ふるごん』と『えんちゃん』と『つっくん』と…。
あと、今の高校のお友達もいたかも…。
で、高校のお友達を、小学校の友達に紹介してたら、
小学校のお友達が良くわかんないことを始めちゃって…。
それがめちゃくちゃおもしろかったんだけど、
覚えてない。
一生懸命覚えておこうと思ったんだけど…。
で、気付いたら、
くすくす笑ってた。
寝てる時だけに、さすがに笑うのはまずいだろうと、
夢の中で思いながら、声を押し殺すようにしてたんだけど、
やっぱり、うぐぅ、っていう声くらいしてたっぽい。
目さめても笑ってたもん。
やばいなぁ。
寝ながらなにやら声を押し殺して、
うぐうぐ笑ってる姿。
そばで見てたらさぞ、気持ち悪いことだろう。
ふるごんは小学校卒業間近にして引っ越してっちゃった子なんだけど、
暇さえあれば、よく分からない歌を熱唱している巨体の子だった。
お腹がお月さんのように大きいの。
ある日、廊下にクラス全員を集めて、
『泳げたいやき君』を熱唱してた。
♪むわぃにち、むわぃにち…って。
そしてえんちゃんは、寒いといって、
ジーパンの上にさらにジーパンを重ね着してた。
つっくんは、いつだって机の中が汚かった。
そんなつっくんの夢はギャンブラーになること。
そんな奴らだった。
最近、めっきり会ってない。
奴ら元気かな。